不妊治療サポート

menu

全国の施設を探す

妊活Baby-mo LINE公式アカウント

Copyright (C) 2021 akahoshi All Rights Reserved.

施設検索
プレゼント
menu

2021.08.18

有名人・ブログ

【だいたひかるさん】不妊治療中に乳がん発覚、再発。命がけでたどりついた妊娠/独占インタビュー①

不妊治療の真っ最中に乳がんが見つかり、右の乳房を全摘したものの2年後に再発、いっときは妊娠をあきらめたというお笑いタレントのだいたひかるさん。45歳で妊娠するまでの、涙と笑いの8年間の日々をたっぷりとうかがいました。インタビューの内容を全3回でお届けします。

だいたひかるさんの妊活・不妊治療ヒストリー

38歳
結婚。妊活スタート
自己流のタイミング法7回
Aクリニックで検査、夫婦とも特に問題なし。
タイミング法1回目で陽性になるが化学流産。
その後クリニック指導のタイミング法に6回トライするも、化学流産を2~3回くり返す

39歳
B病院に転院し、人工授精8回トライ。
体外受精へ進み、5回採卵、5回移植

40歳
体外受精専門のCクリニックへ転院。
自然周期の体外(顕微)受精で2回採卵
受精卵2個を2回に分けて凍結胚を移植するも授からず。
その後、健診で乳がん発覚。手術で右乳房全摘。
術後、リンパ節への転移がわかり、抗がん剤治療。

42歳
乳がん局所再発、手術と放射線治療。

45歳
ホルモン療法を中断し、不妊治療再開
5年保存していた凍結胚盤胞1個を移植し妊娠

妊娠3週で公表したのは応援してくれた人への感謝

「おかげさまで妊娠していました。今3週と5日だそうで、ふつう妊娠なら気付かないレベルの初期ですが…。受精卵がしがみついて着床してくれました!」

2021年5月21日、だいたひかるさんは自身のブログで念願の妊娠を報告しました。ブログには1万5,000を超える「いいね!」がつき、5,000通を超えるコメントがあふれ、ネットニュースでも拡散されました。

おめでたいこととはいえ、まだ妊娠わずか3週目。心拍も確認できず、一般的には流産の可能性もある時期です。

なぜ公表したのですか?と質問すると、だいたさんは「“におわせ”とかほどよく隠すのってあまり好きじゃないんですよね」と、いたずらっ子のような目をして話してくれました。

「ブログでは、乳がんになったことも、不妊治療を再開することも全部公表してきました。なのに途中から沈黙してしまうのも気持ちが悪いし、何よりも応援してくださっていた読者のかたに結果を報告したかったんです。妊娠していてもしていなくても私の人生。みっともないことも、恥ずかしいこともないと思っていました」

そんなわけで、だいたさんは『あかほし』のインタビューも快く引き受けてくださいました。ただし、妊娠初期でもあり、コロナ禍でもあるタイミング。インタビューはオンラインでの実施となりました。

この日は、検査で心拍が確認できた直後。

「ようやく少し安心しました。エコーを見せてもらったんですが、まだ1㎝くらい。そこで心臓がピコピコ動いていて、ウルトラマンのカラータイマーみたいでした。夫は『見たかった!』と残念そうだったんですが(コロナ禍でつき添い不可)、『1㎝ピコピコかぁ』と喜んでくれました」

笑いもまじえつつ飄々と話してくれるだいたさんですが、不妊治療を始めて8年、がんの治療は5年。これから先も乳がんの再々発の恐怖がないとは言えない、そんな険しい道のりです。

「でもね」と、だいたさんは言います。

「乳がんの手術が終わったときにベッドの上で思ったんです。不妊治療をしている人ってキラキラしているなぁって。私はもう、そのステージに立つことすらできない。もっともっと不妊治療を楽しめばよかったって心から思った。だから今、もう一度そのステージに立てたこと、そのことが、うれしくてたまらないんです」

乳がんを告知されたとき、夫が部屋中に貼ってくれた「大丈夫」の紙。その進化系で、今治の業者さんに発注して作ってくれたタオル。検査の日の強い味方。

38歳で結婚、妊活開始!卵子の老化が心配でした

「冗談を言います。聞いてください」

「どうでもいいですよ~♪」

そんな言葉を枕に、淡々と毒を吐く個性的なキャラが際立つ、だいたひかるさん。R-1グランプリ初代チャンピオンとなり、女性ピン芸人として一躍人気者に。アートディレクターの小泉貴之さんと結婚したのは38歳のとき。おりしも、「卵子の老化」という言葉がテレビや雑誌で盛んにとり上げられ始めた時期でした。

「ショックでしたね。38歳から流産率が上がるとか、卵巣機能がおとろえるとか…。当時、私も38歳だったので『私の卵子は大丈夫なのかな?』と気になり始め、子どもを産むなら早いほうがいいと思って、産婦人科で検査を受けました」

検査の結果、卵巣の状況は年齢相応。ひと安心して、タイミング法での妊活をスタートしました。すると…。

「すぐに妊娠反応が出たんです。クリニックの先生にも『もうできたの?』って驚かれるくらいあっという間でした。順調かな?と思いきや、生理のような出血があって、着床しないままに流産(化学流産)。同じことが2~3回繰り返されて、陽性にはなるけれど、結果は出ないということが続いたんです。落ち込みましたね…」

このままでは妊娠できない!そう考えた、だいたさん夫婦は「人工授精をしよう」と話し合い、ステップアップできる病院を探し始めました。

時を戻せるならいきなり体外受精から始めたい

ところが、多くの病院が2~3カ月待ち。小泉さんがネット検索を繰り返し、ようやく予約がとれたB病院に通い始めることになりました。

まずは夫婦ともに検査を受け、「特に問題なし」との結果が。

「化学流産したとはいえ、何回かは妊娠しているわけです。だから『人工授精ならすぐに妊娠できるだろうな』と思いました…。でも、全然妊娠しないんですよねぇ」

結局、人工授精をした回数は8回。ほぼ1年近くの時間をかけてしまったそうです。

「ちょっと粘りすぎました(笑)。まだ30代だったし、できるだけ自然に妊娠したい、って思ってしまったんです」

もしいまあのときに戻れるなら、タイミング法も人工授精も全部すっ飛ばして、「体外受精から始めるかもしれない」と、だいたさん。

「まず体外受精を3回して、結果が出なかったらすぐに顕微授精に切りかえると思います。これはあくまで私の個人的な気持ちなのですが、30代の最後の時間をタイミング法と人工授精に使ったのはもったいなかった。どんなに見た目が若くても、科学が進歩しても、人間の内側が老化していくのは止められないと痛感しました」

体外受精による治療が始まってから、だいたさんの生活は大きく変わり始めました。毎日のように病院に通い、排卵誘発の注射を打つ。そして採卵、移植。ところが、期待していた体外受精でも思うような成果は得られませんでした。

「排卵誘発剤で卵子の数をふやしても、あまりいい卵子は採れなかったんです。年齢を感じましたね」

当時、いちばんつらかったことは?と聞くと、迷わず「注射です!」とだいたさん。

「採卵は麻酔を使うので痛くはなかったんですが、私、世界でいちばん注射が嫌い。だから毎日のように注射をしなくちゃいけないことが、本当に本当にいやでしたね~(涙)」

そしてこのころ、だいたさんは「働きながら不妊治療をするのはキビしい」という現実を突きつけられました。とても仕事は続けられず、マネージャーに相談して、しばらくお休みさせてもらうことに…。

「でも実際には、働きながら治療している人もたくさんいますよね。採卵や移植の日でも、ノートパソコンでガンガン仕事しているかたを病院でよく見かけました」

妊活中も、がん闘病中も、妊娠してからも、食べ続けているのが鍋!
野菜をたっぷりとれて、体があたたまる。妊活にいい食品は、がん予防にも最適です。

自然周期に合わせて採卵する不妊治療専門クリニックへ

仕事を休み、毎日のように病院に通う日々。気持ちはどんどんピリピリしてきたそうです。

「卵がたくさん採れても、グレードのいい受精卵になるのが1個くらい。だから、採卵して、翌月受精卵を戻して、また採卵して、戻して…という繰り返し。自転車操業みたいな感じでしたね(笑)。

B病院では5回採卵をして、5回体外受精をしたんですが、結果は出ませんでした。だれが悪いわけでもないんですが、気持ちはどんどん不安定になってくる…。そこで『ここらでちょっと風向きを変えようか』と考えるようになりました」

そんなとき、小泉さんから朗報が。ずっと「このクリニックに通えたらいいね」と言っていた、不妊治療専門のCクリニックの予約がとれたのです。

「自然周期にそった採卵をしてくれるクリニックなので、大っ嫌いな注射を打たなくてよくなりました(笑)。気持ちも体もラクになったせいか、麻酔を使わない採卵も負担に思いませんでした。このクリニックは私に合っていたと思います」

自然周期に合わせて2度採卵し、受精卵が3つできました。受精卵の状態はとてもよかったけれど、1つずつ2回に分けて子宮に戻しても妊娠には至りませんでした。  

最後に1つ残った受精卵は、最も妊娠しやすい受精卵である凍結胚盤胞。次の周期にそれを子宮に戻すことになり、だいたさん夫婦は「三度目の正直だ!」と気合いを入れていたのです。ところが…。

「移植予定の日、朝起きたら少しだけ不正出血していたんです。それでその日の移植が延期になってしまいました」

ぽっかりあいてしまった1日をどう使おうかな…と思ったとき、ふと目に入ったのが自治体からの「乳がん検診のおしらせ」でした。

「最近行っていなかったなぁ」と気づいて、受診することに。運命の歯車が、思いがけぬ方向に回り始めた瞬間でした。

私たち夫婦はフライングしやすいタイプ。
写真は7年前に買った子ども服。あまりに早く買いすぎて黄ばんできた~。洗っておかなくちゃ!

次回、独占インタビュー②
45歳、乳がん私も子どもを産めますか?

夫・小泉貴之さんの独占インタビューはこちら

【独占インタビュー前編】命がけの不妊治療再開を支えた夫のホンネと葛藤

⇒⇒【独占インタビュー後編】乳がん再発、不妊治療リスタートからの妊娠。

だいたひかるさんの1万字ロングインタビューは
『赤ちゃんが欲しい 体験談総まとめ』号に掲載!

Amazonでチェック

楽天でチェック

【PROFILE】 だいた ひかる さん

1975年埼玉県生まれ。2002年R-1グランプリ初代チャンピオン。その後も女性芸人として数々の賞を受賞。38歳で結婚し、不妊治療を開始。

SHARE

  • facebook
  • Twitter
  • LINE

関連記事

ランキング

全国の施設を探す